フォト
無料ブログはココログ

2018年1月17日 (水)

エロの新作載ります。

バディ3月号に「基地から見た花火、咲いて、砕けて散って」載ります。
外国ルーツの青年とハンバーガー屋でバイトする俺、数年の後ハンバーガー屋を経営する俺とバイトの大学生。
時を経た三角関係。
いやらしく切なく挿絵は初めまして、代入先生です。
初めて書きますが樋口を拾ってくれた編集さんに「あなたにはエロ+アルファを期待している」とメールを頂いた事があります。
きっと樋口の面倒臭い性格を把握してのお言葉で、あの約束を少しだけ、やっと果たせた気がします、10年以上かかっちゃったけどw 
そういう作品です。よろしくお願い致します。

2018年1月15日 (月)

藤枝静男「悲しいだけ」

藤枝静男は、今では純文学好きでないと通用しない名前でしょうか。
と偉そうにのたまう僕も、谷崎賞の「田紳有楽」、野間文芸賞の「悲しいだけ」、芸術選奨文部科学大臣賞の「空気頭」と言った代表作しか読んでいません。

 

けれど、池に投げた陶磁器たちが生命を持つ「田紳有楽」の圧倒的なラストなど、私小説の可能性を突き詰め、群像新人文学賞では笙野頼子さんを見出し、文学の可能性を大きく広げる仕事は、あるいは姿勢は笙野さんを筆頭に現代へも引き継がれているように思われます。

 

藤枝静男は1907年の生まれ、眼科医院を営む一方で小説を書き、「イペリット眼」などが芥川賞の候補に。
その後数々の賞を受け93年に85歳で死去。
今回は短編集「悲しいだけ」をお薦めしたく思います。

 

私の小説の処女作は、結核療養所に入院している妻のもとへ営養物をリュックにつめて通う三十余年前の自分のことをそのままに書いた短編であったが、それから何年かたったとき友人の本多秋五が「彼の最後に近くなって書く小説は、たぶん最初のそれに戻るだろうという気がする」と何かに書いた。そのときは変な疑わしいような気がしたことがあった。むしろ否定的に思った。

 

表題作「悲しいだけ」の、この書き出しに続いて、

 

しかし今は偶然に自然にそうなった。本多の本意がどういうものであったのかは解らないままだが、今の私は死んで行った妻が可哀想でならず、理屈なし心が他に流れて行かないことは確かである。これまで偉そうなことばかり書いてきて、それはそれで気持に嘘はなかったけれど、しかし今となれば自分が如何に感覚だけの、何ごとにも感覚だけで考え判断し行動もする以外のことはできもせずしもしなかった人間であったことを識るのは、不安である。

 

こう記す藤枝さんは本書に収録された「在らざるにあらず」では中国の異様な、しかし素晴らしい銅器を見て

 

こういう欲望(怖れと呪縛だけを文様に描く欲のこと・樋口注)を不断に持っていた人間の精神は自分の理解の遥か外にあると思った。彼等の胸奥には、どこかに潜んでいて自分を狙い亡ぼそうとしている悪霊みたいなものへの当て途のない不安が常在していて、それに対抗するかそれを逃れるために自分の権威を闇にむかって誇示しようとしているのか、これはその表白なのかと空想した。

 

とおよそ「感覚」だけではない理知による分析をし、やはり本書収録の「出てこい」では仏教学者・三枝充よし氏の説話を元に、生に死に思考を巡らし、やはり「感覚」だけで判断・行動したとは思えません。

 

しかし、表題作「悲しいだけ」にこんなシーンがあります。

 

私が妻のベッドの傍で煙草をのんでいると
「私にも下さい。喫んでみる」
と云って唇にくわえて二、三回ふかし
「おいしい」
と微笑した。
「じゃあ、も少し軽いのを買って来ようかな」
と云うと
「これでいいから、今度水パイプ買ってきてください」
「そうしよう」
「煙草屋さんで売ってるわ」
と云った。

 

この長年連れ添った夫婦の何とも言えず温かなやり取りの後、妻を看取るシーンが描かれます。
そのシーンを藤枝さんは医師と作家の目で冷静に描写し、それでいて愛する者を失う瞬間の人間の心情、その揺れが、本作ほどに正確に、迫力を持って書かれた例を僕は他に知りません。
「田紳有楽」のように技巧と知識を凝らすことなく、老境に至った私小説家がシンプルな筆遣いで描いたこの哀切極まるシーンは、ぜひ皆さんご自身の目で読んで頂きたく引用はしません。

Dsc00620

ちなみにこれは友人が贈ってくれた「悲しいだけ」函入り初版本です。
よく本をプレゼントしてくれるけれど、なぜ安くはなかったであろう本書をプレゼントしてくれたのかは訊いていません。
でも、ありがとね。

(初出・シミルボン)

2018年1月13日 (土)

宮島喬・鈴木江理子「外国人労働者 受け入れを問う」

前回の記事で経済オンチの樋口が無謀にもピケティさんを理解しようと努めたわけですが、ゼットンに挑んだ初代ウルトラマンのように返り討ちに遭い、知識を増やすどころか分からないことが増えまして。

 

ということで追跡調査、宮島喬・鈴木江理子「外国人労働者 受け入れを問う」を購入。
2014年に第一刷が出て2016年に第2刷が出ているので、それなりに信頼のできる情報かなと思います。
で、冒頭近くにはこういう記述があります。

 

日本はすでにれっきとした外国人労働者受け入れ国です。
二〇一六年六月現在の在留外国人数は約二三一万人で、厚生労働省(以下「厚労省」の外国人雇用状況の届け出(二〇一五年一〇月末現在)によると、その数はおよそ九一万人です。

 

ハアハア。苦手な数字を理解しながら本を読むのって苦行です(*´Д`)

 

それはさておき確かに2013~14年頃から僕の住む町でも外国の方を見かけることが増えたな~と思います。
で、外国人労働者を日本がどう受け入れてきたのか、その歴史・概略などが記されて、「ジャパゆきさん」とか懐かしい名詞も久しぶりに見ました。
それから前回の記事でも指摘させて貰いました、実習生の名目で劣悪な環境で低賃金で労働を強いられている問題などについても具体的に言及されています。

 

このようなローテーション型(循環型)受け入れ態勢は、一見、受け入れ側にとって都合のよい制度のようにみえますが、長期的な視点でみれば、地域の人口構造や産業構造に負の影響を与えていることも見逃してはなりません。つまり、技能実習生の活用という解決策は、安い人件費を前提とした産業構造を固定化していきます。しかも、その多くが若者に敬遠されがちな現業職です。結果、地元には低賃金の職しかないと見切りをつけた若者が都市部に流出し、人口減少・高齢化が加速し、地域社会が更に衰退するという悪循環に陥っています。

 

加えて、

 

一方、受け入れられる側からすると、原則、職場移動の自由がないために労使対等の実現が難しく、労働者としての権利が侵害されやすいともいえます。

 

こう引用すると暗澹たる気持ちになりますが、必ずしもそうとは限らない例も紹介されていまして。
かつて地方の「嫁不足」を補うためにアジア出身の女性たちが来日し結婚した例が多くありますが、当初は従属的な立場に置かれていた彼女らも、年数が経過する内に

 

彼女らがもたらす異なる文化を肯定的に受けとめようとする動きが、少しずつではありますが現れ始めています。移住女性自身も、自らのルーツに自信をもち、子どもに母語や母文化を伝えたり、母国の食材屋やレストランを開業する事例もみられます。

 

凄く大雑把に、ポイントと思える部分だけをご紹介しましたが、本書は薄い本ながら内容は濃く、ご興味ある向きにはお薦めします。
それで、私的にキモと思ったのは次の部分で。

 

外国人労働者は単に労働市場の中の行為者にとどまらず、一人の人間として文化的背景をもち、家族をもち、社会的に生きる存在です。労働者であるだけではなく、住民でもあり、市民にもなっていくのです。

 

うん、僕にも外国人の彼氏ができるかもしれないし、皆さんや皆さんのお子さんにも恋人や友人ができるかも、というかもうできているかもしれませんもんね。

(初出・シミルボン)

2018年1月10日 (水)

竹信三恵子「ピケティ入門 『21世紀の資本』の読み方」

経済の講義は一般教養で履修していたはずなのに、授業の内容をまったく、完璧に覚えていないのは不肖・樋口が数字に極端に弱いからです。
打率とか防御率とか、まともに頭に入ってくるのはプロ野球関係オンリーという体たらく。

 

そんな樋口が竹信三恵子「ピケティ入門 『21世紀の資本』の読み方」なる一冊を購入したのは血迷ったとしか言いようがありません。

 

ところが!
面白いんですよ、これが。
いえ、経済についておサルさん並みの知能しか持たない樋口ですけど、池上さんの番組を見ているみたいに内容が入ってきて!
でも、がんばってお薦めさせて頂きますがしょせん経済オンチ、とんちんかんなことを書いていたらごめんなさい。謙遜とかではなく本気で。

 

本書の発行は2014年、情報としては新鮮さに乏しい、と思うんです。
でも、逆に今の世界の状況を見た上で読むと、ピケティの予想、当たってるじゃーん、と。
というか、腑に落ちなかった、なんでこんなことになっているのか分からなかった世界のあれこれの、理由の一端が書いてあるんじゃないのだろうか、と思った次第で。

 

まず竹信和光大学教授による要約によると、ピケティさんの主張の骨子はこれのようで。

 

格差は放置すれば拡大するものという一見がっかりするような論なのですが、同時に、だからこそ人為的に力を加えなければ平等な社会の実現は難しい

 

補足するように

 

私たちが慣れ親しんできた格差の小さい社会は、18世紀からの300年間の長いトレンドの中では極めて例外的な60年間ほどの一時期にすぎず、
(中略)
そして、戦争が終わるとともに資本の蓄積が再び始まり、それが格差として見えるところまで膨らんだのがその効果が切れた1980年代、となります。

 

もうですね、膝を打ちました。
なんかずっと不思議だったんです、どうして世の中の空気がこんなに不穏なのか。
日本なら元々の不況と3.11が大きいで理解できるんですけど、あの国では麻薬関係者が「え? いいの、ほんとに?」という勢いで殺害され、あの国はEUを抜け、あの国では何がほんとか分かんない内に好戦的な大統領が生まれ、もうもうもう世界のあちこちでタガが外れたように馬鹿げた暴力が起こりまくって。
つまり、不穏なのは日本だけではない、というのが不思議で。

 

でも、本書の言うように貧困が当たり前になったら、そりゃ人の心も荒れるだろう、と単純に経済オンチ樋口は思うんです。
けれど、ピケティさんも似たようなことを書いておられるようで。

 

多数の中低所得層の所得を上げる政策にトップの人々が熱心でなくなれば、消費も盛り上がらず、経済はさらに成長しなくなり、子育ても難しくなり、となると人口は減少し続けるかもしれません。こうした階層の固定化に低所得層が不満を抱き、しかもこれを政治で解決してもらえないとなると、怒りは海外へ向かいかねません。排外主義や外国人労働者への敵対感情が高まったり、国際連帯による幅広い問題解決が妨げられたりする可能性も高まる

 

ピケティさん大正解。10ポイント。
って感じで、それに対抗する案も出されているんですが、それこそ実現可能なのか、有効なのか、僕には判断不能なのでここでの紹介は控えさせてください。
でも、本書には竹信教授によるこんな指摘もあって。

 

2020年の東京オリンピックを前に、建設のための人材が足りないということで、こうした労働力を外国人技能実習生方式でまかなうという案も進められています。
(中略)
アジア系外国人への差別が根強い日本で、そのような人たちの労働権が守られるでしょうか。

 

この前外国人実習生が「搾取」とか「奴隷」という言葉を連想する劣悪な環境で労働を強いられているという番組を見ましたけれども、竹信教授の心配は当たっているんじゃないですかねえ。
そんなこと続けていたら、良くないことが起こるのは当たり前だと思うんですけど、というか、世界のあちこちで既に起こっていると思うんですけど、どうしたらいいんでしょう。

 

分からないけど、環境の変化を怖れず、外国人に限らず僕の中にもある色んな差別心を少しでも減らせるように、表に出さないように、可能ならなくせるように努めます。
あと、書き仕事以外に仕事を探して、「外」と関わろう。押忍。

(初出・シミルボン)

2018年1月 5日 (金)

今中慎二「悔いは、あります」

さて新年一発目ということで、景気よく天才のご本の感想を記したく思います。
元中日ドラゴンズ投手 今中慎二「悔いは、あります」
う~ん、新年早々景気悪いタイトルですね(笑)。

 

冗談はさておき、「天才投手は?」と問われたら、「今中慎二」と答えます。
いえ、今ならダルビッシュや田中マーくんや、桑田真澄や江夏豊など色んなお名前が人によって挙がり、大谷翔平君を忘れちゃなりません。

 

でも! 僕にとっての天才投手は今中なんです。

 

理由は、あんなにキレのある、美しい軌道のストレートを放るピッチャーを見たことがないからです。
いえ、今中の良き仲間でありライバルであっただろう中日ドラゴンズの山本昌も実に美しいストレート、右バッターの外角低め一杯に決まった球に何度惚れ惚れしたでしょう。

 

けれど、山本昌は「一生懸命」きれいなストレートを投げ、今中は「飄々と」若しくは「淡々と」きれいなストレートを投げていた。ような印象が僕にはあって。
それが天才と思うか否かの違いなんですね、僕の中で。

 

ところが本書を読んで、そんな僕の勝手な思い込みは吹き飛ばされます。

 

元々そんなに野球が好きでもなかった今中少年、なんでか大阪の強豪校に進学してしまい、友だちと遊んでいたいと思っているのに厳しい練習に耐え。
また初めて知ったのですが高校生の頃にご母堂を亡くされていて。

 

最後の夏は地区予選でまさかの初戦敗退、プロ球団のスカウト詣でがあるものの、本当にドラフト指名されるんかなと半信半疑。
すると我が愛する中日ドラゴンズから一位指名を受け闘将・星野監督の元へ。
(余談ですが若い頃の今中は若い頃の今田耕司に似ているなあ~w)

 

で、いざプロに入れば体力づくりでしょうか、中々ボールを投げさせてもらえず、ようやく試合で投げれば打たれ、そこに「天才」の雰囲気はありません。
でも一年目の五月に一軍で投げさせて貰い、原辰徳にホームランを打たれるんです。このシーンは僕もよく覚えています。

 

しかし必死の練習や星野監督の指導もあって、二年目三年目と徐々に成績を伸ばし、いつしか押しも押されぬドラゴンズのエースに。
この頃の今中のストレートは日本刀のようにキレあり、一方で人を幻惑するようなスローカーブ。
僕が天才と思う今中慎二です。

 

そして球史に残る10・8。
勝ったほうが優勝のシーズン最終戦、相手はジャイアンツ。先発は、無論今中慎二。

 

球場の周辺には、まだまだ多くのファンがいた。きっとチケットが手に入らなかったのだろう。それにしても、これほどの数とは……特別な試合なのだと、あらためて感じた。

 

ご本人の述懐によれば、普段と変わらず冷静であったと。
しかし気づかぬ部分で普段の自分と違う部分があったらしく、中日時代に世話になり、巨人に移籍してからは敵として特別な存在となった落合博満の第一打席で今中は次のような状態になります。

 

投げた瞬間、「しまった!」と思った。さすがに落合さんは、それを見逃さなかった。打球は右中間スタンドへと消えていく。
滅多にないはずのコントロールミスだった。

 

両チームに負傷者の出る大一番に敗れ、

 

一人きりの部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
「長い一日だったな」
僕は深い眠りについた。

 

数年して肩を壊し、復活するための必死のリハビリに練習、手術。
そこに「飄々」や「淡々」の姿は感じられず、僕の知らなかった「必死の」今中慎二がいました。

 

――思えば、氏がエースだった時代は、今で言う分業制、終盤はセットアッパーと抑えで勝ち切るというシステムが作られ始めたか否かという頃で、本書を読んで驚いたのですが、中4日中4日、優勝争いしたときには先発した次の試合も先発なんてことが。

 

またジャーナリストの本田靖春が三冠王時代の落合博満へのインタビューで「軍隊式」と指摘し批判した「鉄拳制裁」なども今中は経験し、落合は監督時代、選手を殴ることを一度もしませんでした(その分、森コーチが怒る役目を引き受けていたようですけど)。

 

つまり、何を申し上げたいかというと、今みたいに中六日で球数を考えながら起用すれば、今中投手はもっと長くプロ野球生活を続けられたのではないか、無茶な起用が肩を壊す理由だったのではないか、と悔やまれるということで。

 

しかし本書を拝読し、引退を決意するまでに様々な葛藤があり、もがいた人間・今中の姿がありました。
今、思うことは、素晴らしいピッチングを見せてくれて、ありがとう、のひと言です。

 

(今回、あえて敬称を略したことを記しておきます・初出・シミルボン)

«三橋順子「女装と日本人」